ネットワークビジネスの停滞

停滞そして再び隆盛期を迎える

せっかく社会的認知を得たのに、訪販法をかいくぐる悪徳業者の

出現で停滞を余儀なくされたネットワークビジネス業界は、訪販法

の改正とその後の悪徳業者の摘発を境に停滞期に迎えることになった。

この業界の停滞を救ったのは、新たに上陸してきた外資系

ネットワークビジネス企業であった。

まず1992年、米国のネットワークビジネス企業大手ハーバライフ

インターナショナルが上陸ハーバライフ・オブ・ジャパンを設立した。


同じ年、米国の化粧品大手メアリーケイも日本支社を設立している。

しかし、停滞期のネットワークビジス業界に活を入れる役割を果たした

のは、1993年のニュースキンジャパンの登場であった。

ニュースキンジャパンは登場の仕方からして刺激的であった。

この年日本に登場したのは、米国に本拠をおく同名の会社の

日本支社だった

(ニュースキンジャパン本社が日本に移転したのは95年のことである)。

このような回りくどいことをしたかといえば、事業を始める前に

情報のみによって参加者獲得のための十分な準備を狙ったからである。


いわゆるプレ・マーケティングと呼ばれる手法で、すでに日本で

地歩を築いた日本シャクリー、日本アムウェイなど大手の先行企業を

意識しての高等戦略であった。

この戦略が奏効してニュースキンジャパンへの期待は参加者の間で

大きく膨らみ、日本支社設初日に訪れた参加者(デイストリピューター志願者)

は5000人余にのぼる大変な過熱ぶりであった。

なかには他のネットワークビジネスに携わる者も当然いた。

一種の引き抜きであり、このことを非難する声も上がった。

たしかに過去のネットワークビジネス企業は、どこもディストリ

ビューター教育に努力してきたが、ニュースキンジャパンは新人教育の

手間を省き、初めから実績とやる気のある参加者を求めた。

そのため高額のマージンも用意した。

完全な作戦勝ちといっていい。

ニュースキンジャパンの初年度売上げは、128億円と空前の規模だった。

以後も倍々ゲームの高成長を続けて、開業5年目の1998年度の売上

げは851億円を記録している。

当時の日本アムウェイは2000億円規模に達していたが、2期連続して

売上げ減を記録している最中だったので

ニュースキンジャパンが日本アムウェイを追い抜くのは確実」

と誰もが思った。

だが1999年度の売上げは前年比20%も落ち込み、31万人といわれた

同社の活動的なディストリビューターも数万人減少した。

理由はニュースキンジャパンの成功を見て、後続で日本上陸を果たした

有力企業に食われたためだった。

ネットワークビジネスでは、新しい有力企業が現われると、それと

反比例するように先行企業が落ち込むのが通例なのである。


日本に上陸して5年経過したニュースキンジャパンも例外でなかった

ということだ。

しかし停滞していたネットワークビジネス業界に、ニュースキン

ジャパンの出現が果たした役割は決して小さくない。

日本におけるネットワークビジネス定着の最大の功労者を、

日本アムウェイと日本シャクリーとすれば、さしずめ

ニュースキンジャパンの存在は、業界中興の祖と位置づけられてよいだろう。

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